東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)292号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願考案の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いのない甲第二号証(本件出願公告公報)によると、本願考案は、レールの中間部に隆起部を設ける一方、障子の召合框内にレールガイドを嵌着し、引違障子を閉鎖した際、障子の召合框を室内側に引き寄せて、召合部の気密を向上し得るようにした(同公報第二欄第一二行ないし第一六行)引違障子に関するもの(同公報第一欄第一八行)であることが認められる。
2 技術的思想の相違点について
(1) 原告は、先願明細書及び図面に記載の考案は、従来装置の破損、故障に対する修理が困難であることに着想してなされたものであるのに対し、本願考案は、既設のサツシに容易かつ安価に実施でき、しかもいつたん施工した場合は、永久的に設置させるという構成の引寄装置を内容とするものであるから、両者は、技術的思想を異にすると主張する。
しかしながら、障子を室内側に引き寄せて、障子間の気密性向上を企図する装置を提案する点において、先願明細書及び図面に記載の考案と本願考案とが、解決すべき技術的課題を共通することは原告においても自認するところである。そして、審決が相違点として認定している両考案の隆起部の構成も、この技術的課題に基づくものであることは、その構成から自明である。このように両考案は技術的課題を共通にし、かつ、後記3ないし5で判示するように、その相違点は慣用手段を転用する単なる設計変更にすぎないものであるし、本願考案は先願明細書及び図面に記載の考案と対比して固有かつ格別の作用効果を奏するものでないのであるから、本願考案と先願明細書及び図面に記載の考案とが技術的思想を異にするという原告の主張は理由がない。
(2) もつとも、原本の存在とその成立に争いのない乙第二号証(先願明細書及び図面を撮影したマイクロフイルムの写)によると、先願明細書の第二頁第四行ないし第七行には考案の詳細な説明として、「(従来の機構は)複雑な機構が多く、破損、故障によつて引き寄せ調節ができなくなり、サツシの性能が失われ、しかも修理の困難な場合が少なくない。」と記載されており、第四頁第二行ないし第四行に、同じく考案の詳細な説明として、「万一(「満一」とあるのは、「万一」の誤記と認める。)修理の必要を生じても湾曲部材を取替えるだけでよく、またその製作も容易である。」と記載されていることが認められる。
しかし、同号証によると、この隆起部について、先願明細書の登録請求の範囲の(2)の項には、「湾曲部材をレールにビス止めしてあることを特徴とする(登録請求の範囲の(1)の項記載の装置)」と記載されているものの、その(1)の項には、単に、「レール部分を室内側寄りの湾曲部に形成し(たことを特徴とする障子の引寄装置)」とのみ記載されていることが認められる。これによれば、湾曲部材をレールにビス止めしてあるものは、湾曲部とレールとが別々の部材であるか、あらかじめ一体に形成した部材であるかを問わない先願明細書及び図面に記載の考案における実施態様の一つにすぎないのであるから、先願明細書の前記第二頁第四行ないし第七行における考案の詳細な説明の記載も、当然、従来技術に複雑な構成が存在していたことを念頭に置いたものというべきであるし、また、先願明細書の第四頁第二行ないし第四行における前記記載は、先願明細書の「以下(先願明細書及び図面に記載の考案の)詳細を図示した実施例によつて説明する」(第二頁第九行ないし第一〇行)との記載を受けていることが前掲乙第二号証によつて認められるから、先願明細書及び図面に記載の考案の実施態様の一つについて記載されたにすぎないものというべきである。
したがつて、先願明細書の考案の詳細な説明における前記各記載をもつてしても、技術的思想において、本願考案と先願明細書及び図面に記載の考案とが共通するものであるとの前記判断を左右するものではない。
(3) 原告は、昭和五七年実用新案出願公告第四七三三八号公報の第二欄第三六行ないし第三七行における「引障子5の内側への引き寄せは、レール4自体が湾曲しているのではなく」という記載を援用するが、同公報は審決が引用した先願明細書ではなく、前掲乙第二号証によると、先願明細書には原告主張の右記載はないことが認められるから、右公報の記載を根拠とする原告の主張は理由がない。
原告はまた、先願明細書の登録請求の範囲の(1)の項では、湾曲部の具体的構成及びその取付け位置が任意かつ不特定であるため、本願考案におけるような「下枠レールの上端を避けてレールに湾曲部を形成することにより、戸車がレールから離脱する不具合を解消する」という技術的思想は出てこないと主張する。しかし、先願図面の第1図を参照すれば右の不具合を解消する湾曲部の実体が明らかとなることは原告も自認しているところであり、前掲乙第二号証によると、先願図面の第1図に、湾曲部材9(隆起部)が下枠レール4の上端を避けて該レールに取り付けられているものが示されていることが認められる(別紙図面(2)参照)。審決が本願考案と同一であるとしたのは、実用新案法第三条の二に基づくのであるから、先願明細書の登録請求の範囲の記載のみならず先願明細書中の考案の詳細な説明及び先願図面の記載も同一性の判断の対象に加えるべきものであつて、先願図面の第1図から認められる考案の構成をもつて本願考案の構成と同一とすることに何ら違法はない。原告の右主張をもつてしても、技術的思想が同一であるとの前記判断は動かせない。
原告は更に、実用新案法第一条や第三条第一項柱書きの「物品の形状、構造又は組合せに係る(考案)」とある規定の趣旨からすると、レールに別部材を取り付けること(物品の組合せ)と、レール自体に塑性変形にて隆起部を形成すること(物品の形状)とは、考案の同一性の判断に当たつて区別されるべきであると主張する。しかし、右各規定の趣旨は、実用新案登録を受けることができる考案の対象を特定したにとどまり、二つの部材を組み合わせることを要件とする考案と、あらかじめ一体に所望の形状の一つの部材を形成したものを構成に加える考案とが、別異のものとして理解されなければならないということまでを示したものではない。原告の右主張も理由がない。
3 慣用手段について
原告は、「金属材料に折曲げ加工、打出し加工等を行うことは慣用手段であり、本願考案の塑性変形による隆起部も、右慣用手段である打出し加工による隆起部に相当するものである。」とした審決の認定は誤りであると主張する。
しかし、成立に争いのない乙第三号証の一ないし四(「機構設計データブツク」(昭和四二年九月三〇日、日刊工業新聞社発行))によると、同書第一四二頁に、「設備や装置などの脚はその装置の大きさと重量、部品と装置の価格、使用環境と使用条件、スタイル、高さおよび角度調節の必要性などを十分に考慮して設計する必要がある。」との記載があり、また、「設備・装置の脚」を設ける手段として、別部材を取り付けて取外し自在の構造のものの例(3、4、5「“バンパー”タイプ」の脚)と、ケース自体をプレス加工により塑性変形させて一体構造としたものの例(7「突出し脚」)が記載されていることが認められる。また、成立に争いのない乙第四号証(昭和四九年実用新案出願公告第一八九一九号公報)によると、同公報の第二欄第八行ないし第一〇行に、圧接部(隆起部)を設ける手段として、「別素材のものを取り付けてもよく、アルミニウム製障子においては同一素材を固定するかあるいは一体に隆設することもできる」旨の記載があることが認められる。
右に認定した各記載によると、引違障子を案内する金属製レールのような部材に湾曲部を形成しようとする場合、部材自体を塑性変形させるか、別部材を取り付けるかの点は、互いに転用可能な慣用手段であると認めることができる。
4 作用効果について
(1) まず、取消事由3の(1)における作用効果についてみるに、レールを塑性変形させる手段を採用した場合、別の湾曲部材を用意することが不要となるということは原告主張のとおりであるにしても、被告主張のように、それに代わつて、レールを塑性変形させるための機械や器具、例えば、ハンドプレス等を用意しなければならないことが自明である。
また、右の場合、原告主張のように、湾曲部材を取り付ける工程は不要となるとしても、それに代わつて、レールを塑性変形させるための工程が必要となることもまた自明のことである。
さらに本願考案では、現場において、障子やレールに適合させつつ隆起部を形成することが可能であることも原告主張のとおりであるが、他方、湾曲部材を取り付けるという慣用手段を採用する場合であつても、現場において障子やレールに適合させつつ、隆起部を形成することが可能であることも、被告主張のとおり自明である。
しかも、右にみた各点はいずれも、前記慣用手段自体の属性にすぎないものというべきであるから、取消事由3の(1)で主張されているところは、本願考案に固有でかつ格別の作用効果であるということはできない。
(2) 取消事由3の(2)で主張されている作用効果についてみるに、隆起部が外れたり、破損するような事態が生じないことは、慣用手段自体の属性にすぎず、本願考案固有の効果ということはできない。
5 なお、考案の同一性の有無を判断するに当たつては、構成に相違があつてもこれが慣用手段の転用にすぎず単なる設計変更にすぎないものであるときは、この相違点は実質的に同一のものとみるべきである。したがつて、相違点は単なる設計変更にすぎないとして、本願考案と先願明細書及び図面に記載の考案とは同一であるとした審決の判断に、原告が取消事由の4で主張するような違法があるものということはできない。
6 以上判示したところによれば、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、本願考案と先願明細書及び図面に記載の考案とは同一のものであるとした審決の判断に原告が主張する違法は存しない。
三 よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却する。
〔編註〕本願考案の要旨は左のとおりである。
内外障子A、Bの閉鎖状態において、障子の召合框に対応する下枠レール2のレール脚部2aに、該レール2より室内側に突出する隆起部3を設け、一方、障子の召合框内にレールガイドGを嵌着して成り、前記隆起部3は、レール脚部2aを塑性変形せしめて該レール2に一本に形成するものであつて、その際レール上面に変形を及ぼすことなく形成されるとともに、戸車のタイヤよりも下方に位置して形成され、さらに障子の閉鎖時に該ガイドGが前記隆起部3と摺接して、障子が室内側に引き寄せられるようにしたことを特徴とする引違障子用サツシ